60年前の壬午(みずのえうま)に生まれた私は、暦が戻ってめでたく今年が還暦である。切手の図案にもなった埴輪の馬を描いたが、明治時代に埼玉県で出土した国の重要文化財である。考証はしっかりしていて、6世紀中頃のものとわかっているが、石器時代の遺品ともなると、年代の判断はすこぶる難しいようだ。それで、昨今、日本の考古学は大揺れに揺れた。従来、日本の旧石器時代は3万年前とされていたが、どんどん古い地層から石器が見つかってきて、ついには70万年前の地層から石器が発掘されるという画期的なニュースが世界に発信された。しかし、2000年11月、毎日新聞の記者によって、遺跡に石器を埋めている姿がビデオにおさめられて旧石器発掘の捏造が発覚する。スクープから2年半後の2003年、日本考古学会が、3万年以上前とされた全遺跡を無効とする検証結果を発表して幕となった。功名を求めて嘘を重ね続けた個人の行跡に、20年間もすっかり振り回されてきたわけである。
私は、大学に勤めているので、教育と研究の二足のわらじを履いている。教育では今年も去年と同じことを教えてさほど問題はない。しかし、研究では、常に何か新しいことを進めていかねばならない因果な稼業である。考古学と異なり、有機化学では実験結果の検証は容易であり、捏造したデータがまかり通ることの許されない世界である。
私は不幸にして、両親の両親であるおじいちゃんの顔もおばあちゃんの顔も知らない。しかし、間違いなく血の繋がった4人の祖父母がいるから今日の私がある。その前には8人の曾祖父母が、そして10代前には2の10乗すなわち千人以上の祖先が居て、私はそれらの人々のDNAを受け継いでいる。
私は結婚して二児を授かったが、長女も長男も30を過ぎた今なお独身である。私と妻のDNAを半分ずつ持つこの2人は、次の世代へと命のたすきを渡してくれるのであろうか。
我が家だけが特殊なのではなく、結婚の高齢化や未婚率の増加は、全国的な社会問題である。社会的状況が結婚年齢を遅らせている様相はあっても、生物学的な結婚適齢期は厳然と存在する。結婚をしても子宝に恵まれない夫婦もあり、それは致し方なく、責めてはならない。しかし、目先の都合だけで適齢期を逸してほしくない。
そのような思いを抱きつつこの年賀状を作った。アニメ・ゲームのペアの羊、ポーとメリーが乗っている毛糸の束は、DNAの二重らせんをイメージしていて、バックの模様は染色体のつもりである。
(追記)後に長男は良縁を得、私は「分子から見た生命」の上梓の3か月前に初孫に恵まれた。)
2005年
(平成17年、乙酉)
夕暮れの研究棟にメロディが流れてくる。音の主はとたずねてみると、同僚が楽譜を前に管楽器を奏でていた。私にも真似ができるかと、楽器店を教えてもらって早速にアルトリコーダーを購入した。手先は器用なつもりだったが、指使いが意外と難しく、結局、まともに曲が吹けるようになる前に諦めてしまった。30歳を少し過ぎた頃のことである。
かつて5月の連休に安曇野で催されるマラソン大会への参加を年中行事としていたが、たまたま2年続いて、宿でオカリナの演奏会が開かれた。ふたつの掌にすっぽりおさまる程の可愛い楽器から出てくる澄んだ音色に心を惹かれ、自分でオカリナを吹いてみたくなった。その時に真っ先に心に浮かんだのが、あの二十数年前の挫折である。根気という点ではあの頃よりもさらに状況が悪そうだが、かわりに時間的および精神的な余裕はある。まあ始めてみようと、毎朝、犬の散歩でお寺の裏山を一周するひとときを練習にあてた。ちょっとずつでも、さすがに毎日続けていれば、適度には上達してくる。我が耳は、長調と短調の区別もままならない音楽センスの乏しさながらも、みずから曲を奏でる楽しさを知った。初めはドからドまでの1オクターブがやっとだったが、やがては高い方のファまで音が出るようになり、半音記号のついたハ長調以外の曲も吹けるようになってきた。
この賀状はヘ長調の「かわいいかくれんぼ」で、ひよこが音符になっている。
(追記)こつこつと創り続けてきたオリジナル賀状はこのひよこで幕を閉じ、翌年からは、写真や近況紹介などをパソコンソフトの利用で組み合わせて作る人並みの挨拶状となる。
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ペントミノ(Pentomino)という言葉を聞いて、何のことだかわかる人はかなりのパズル通であろう。大方がご存知のドミノ(Domino)は、さいころの面を2個つないだ形の長方形の牌である。それで、5個の正方形を連ねたピースをペントミノと呼ぶ。つなぎ方により色々なペントミノができるが、それぞれにアルファベットが割り当てられていて、FILNPTUVWXYZと全部で12種類になる。この12個のピースを縦が6、横が10 の長方形にうまく敷き詰めることができる。実は、この年賀状の絵は、十二支の動物をデザインした木製のペントミノを描いたものである。長方形への嵌め込み方は確か何千種類もあるのだが、この図はそのひとつで、完成した姿から、今年の干支である申のピースFを抜き出して上に置いてみた。
動物の形ではなくもとの幾何学図形で考えたとき、V(子)、U(午)、W(辰)、I(巳)、T(未)、X(酉)には表裏の区別がない。一方、P(丑)、L(寅)、Z(卯)、F(申)、N(戌)、Y(亥)では、裏返すと、元の図を鏡に映した形になる。私の専門は有機化学だが、分子の世界でも、鏡像の関係にある分子が存在する。野依先生のノーベル賞受賞の後は、一般の方々にとっても、そのような鏡像異性体の話題が、少しは身近なものになったようである。
(註記)図はパズルコレクションの本から取ったもので、私自身は、プラスチック製の安価なセットを持っているに過ぎない。