切手趣味のページ

 7歳上の兄が1949年頃より切手収集を始めていました。子供のお小遣いの一部を切手にまわすということで、例えば吉野熊野国立公園の切手は4種のうちの一番安い2円の獅子岩の切手だけ買っていました。そういったコレクションを引き継いで、中学1年生の私が郵便局で新発売の切手を購入するようになりました。喜多川歌麿の「ビードロを吹く娘」(1955年11月、切手趣味週間)が自分で買った最初の切手です。しかし、大学院へ進んだ頃から少しずつ切手趣味から遠ざかり始めました。新発行の切手は必ず購入といった習慣はなくなって、気に入ったテーマの切手が発行されたのに気付けば買って見るという程度でした。

 半世紀近く、細々とした切手趣味が続いていましたが、「分子からみた私たち」(さんえい出版、2010年4月)の上梓がきっかけで、化学切手との関わりが始まりました。先ずは表紙のデザインに化学切手を用いるという提案が出版社よりあって、それは実現しませんでしたが、3編の扉ページの裏面に関係する化学切手を紹介するということになりました。外国切手の手持ちは殆どありませんでしたが、恩師の中島路可氏(鳥取大学名誉教授)、および、中島先生よりご紹介いただいた伊藤良一氏(化学切手同好会)のご協力を得て、種々の化学切手を掲載することができました。

 上記の書物は出版社の事情により絶版となってしまいましたが、幸いにもその改訂版に相当する「分子の目線でヒトをみる」(丸善出版、2012年3月)を出版していただけることとなりました。本書でも各編の扉ページの下部や各章末の余白などにカットとして化学切手を用いることとしました。

 このようにして切手との縁が復活し、近畿化学協会の会誌「きんか」(正式名称:近畿化学工業界)の新年号の余白のカットに用いる干支の動物の切手を提供することとなりました。また、毎年「○年雑考」と題した一文を寄稿しておりますが、「辰年雑考」から始めたエッセーには切手の話題も取り上げるようにしています。これらの「きんか」誌との関係はすべて中島先生より引き継いだものです。

 これらの流れの中で、伊藤様のお薦めにより、2013年より化学切手同好会に入会させていただくこととなりました。伊藤様はじめ同好会の方々からはメールにて様々な情報を受け取ることとなり、同年11月には年1回開催される定例会にも始めて参加いたしました。年とともに交友の輪が狭まっていきがちですが、新たな仲間を得ることはこの上なく貴重なことと思っています。

  ⇒ エッセーwith俳句「切手」
⇒ 「科学切手の図が変だよ!」
⇒「私の切手遍歴」伊藤良一氏
⇒「手彫切手の顔料と明治人の進取性」荒木修喜氏
 ⇒「科学切手の世界」安部浩司氏
 ⇒「切手の淡い思い出」山下弥生氏
⇒「切手でつくる元素周期表 − 化学切手同好会より国際周期表年に寄せて」



カットに用いた化学切手

「生命を知るための基礎化学 - 分子の目線でヒトをみる」川井正雄著(丸善出版)は、3編より成っており、各編の最初の扉ページの下部や、各章末の余白などに化学切手がカットとして用いられています。これらは、伊藤良一氏(化学切手同好会)および中島路可氏(鳥取大学名誉教授)のご厚意により掲載させていただいたものです。
 (切手の下の説明の順番は、いずれも上段左から下段右です。)

第1編 分子の基礎

1934年(ソ連)
 元素の周期律(2.3節)を発見したソ連の化学者メンデレーフ(1834-1907)の生誕100年を記念して発行された切手で,肖像の後に周期表が描かれています.世界で初めて切手に化学式(元素記号)が登場しました.

1948年(日本)
 エタノール(3.7 節)の化学式C2H5OHが記されています.分子の構造を示す化学式が登場した世界初の切手ですが,我が国のアルコール専売10年を記念して発行されました.中央には蒸留塔,左右にはエタノール発酵の原料のサツマイモの葉が描かれています.

1968年(マレーシア)
 マレーシアで開かれた天然ゴム会議の記念切手で,生ゴム採集中のゴムの木の横の分子模型は,天然ゴムの単位構造です.頭と尾がある犬の形の前足と後足が、イソプレン単位どうしの頭と尾での連結部に相当します(コラム5C)

1977年(英国)
 食塩の結晶構造(4.3 節)が描かれています.英国王立協会所属のノーベル賞受賞者を讃える切手の一つです.結晶学に貢献したブラッグ父子(1862-1942, 1890-1971)は1915年にノーベル物理学賞を受賞しました.

1982年(西ドイツ)
 尿素(5.1節)の分子模型が描かれています.ウェーラー(1800-1882)による無機化合物からの有機化合物の初めての合成とされるシアン酸アンモニウムから尿素への化学反応式が切手の右上に記されています.ウェーラーの没後100年に発行されました.


第2編 生体分子

1969年(スペイン)
 ヨーロッパ生化学連合会議の記念切手で,左側にDNAの二重らせん(10.3節),右側に遺伝暗号のコドンの表(10.5節)が描かれています.

1971年(ベルギー)
 インスリン発見50年を記念して発行された切手です.数珠のように描かれているのがインスリンの前駆体分子プロインスリン(コラム9C)で,背景は,尿中の糖の検出用の試験管です.

1977年(英国)
 ステロイド(7.4節)の立体構造を解明したバートン(1918-1998)のノーベル賞受賞を讃える切手です.ステロイド骨格の中の3個のシクロヘキサン環はいす形のコンホメーション(6.5節)で描かれています.

1983年(スエーデン)
 矢印の両側に分子模型が描かれていますが,左はグルコース(8.2節)で,右はエタノール(3.7節)です.スエーデンのケルピン(1873-1964)は炭水化物のアルコール発酵の研究でノーベル化学賞を受賞しました.

2001年(中国マカオ)
 切手シート全体にDNAの構造(図10.2)が描かれていて,4枚の切手面にはそれぞれ核酸塩基が配置され,相補的塩基対の水素結合も示されています.


第3編 生命の営み

1967年(日本)
 1967年に東京で開催された国際生化学会を記念して発行された切手です.分子模型はペプチド鎖中のシスチン(図9.4)で,その背景にミトコンドリア(コラム14C)のクリステ構造が描かれています.

1977年(英国)
 ビタミンC(13.5節)の分子模型とオレンジの断面が描かれています.糖質とビタミンCの研究でノーベル化学賞を受賞したハース(1883-1950)を讃える切手です.

1987年(ベネズエラ)
 ベネズエラで開かれた国際神経化学会議を記念して発行された切手です.網膜神経細胞の顕微鏡写真とともに,神経伝達物質(16.3節)のドーパミンの構造式が示されています.

1993年(日本)
 ビタミン研究の草分けともいえる鈴木梅太郎(1874-1943)の没後50年発行に発行された切手で,肖像の背後ビタミンB1(13.5節,コラム13D)の構造式の一部が見えます.

1997年(スイス)
 カロテンやビタミンの研究でノーベル賞を受賞したカラー(1989-1971)の肖像の横に,レチノール,すなわちビタミンA(コラム5C,13.5節)の構造式が2段に分けて描かれています.レチノールが酸化された分子レチナールが視物質ロドプシン(11.3節)の構成成分です.

1999年(ルーマニア)
 構造式はペニシリンG(17.5節)で,右の肖像はこの世界最初の抗生物質の発見者フレミング(1881-1955)です.20世紀最大の業績を紹介するシリーズ切手の1枚です.

2004年(日本)
 アドレナリン(15.4節)の構造式と分子模型が描かれています.背景の大きな顔は世界で初めてホルモンの抽出,結晶化に成功した高峰譲吉(1854-1922)です.

2004年(日本)
 世界医師会東京総会の記念切手です.21世紀における遺伝子医療の発展を題材として体内のDNAがデザイン化されています.

 私の切手趣味は、3年前に亡くなった兄にルーツがありますが、私より一回り近く上の姉が長く切手収集を続けています。姉は趣味の切手の会に所属していて、今も年1回の発表会には何かを出展しています。以下は、最近、姉が高齢者大学の同窓会誌に投稿した切手にまつわるエッセーを紹介します。


「切手の淡い思い出」     山下弥生

 まだ若かったときから郵便切手に興味があって、目に付いた使用済の切手を集めていました。
 勤め先の手紙にいつも国立公園の切手を貼って来られる未帰還者のご家族の若妻がおられました。
 そのうちに「これからは淡路島に住むことにしたので、手紙を出すことも、こちらへ来ることもないだろうから」と責任者に挨拶にこられ、私達とも少し話をされました。
 それから六十年も過ぎたでしょうか? 古い国立公園の切手を見たり淡路島という地名を見ると、一度しか言葉を交わしたことしかなく面影さえ忘れたその美しい人をふと思います。
 「未帰還者」(ミキカンシャ) 戦地へ征かれたまま生死もわからない将兵やその家族がどれだけおられ、その後どんな人生を過ごされたのか、この言葉が何時まで使われていたのか、考えないまま私は年月を過ごしてしまいました。

(大阪府高齢者大学 枚方 同窓会だより 73号、平成29年4月)

 私のコレクションの中には、帖つきの昭和20年代の国立公園切手の小型シートをはじめ姉から譲り受けた多くの切手が含まれています。姉のエッセーを読んで、ふと瀬戸内海国立公園の切手には淡路島があるかなとネット検索と切手カタログで調べてみました。昭和38年発行の10円切手のデザインが鳴門の渦潮で、おそらく背景に見えるのは淡路島と思いますが、まだ確認していません。地域限定のふるさと切手「神戸淡路鳴門自動車道全通」が平成10年に発行されていて、図案は大鳴門橋と明石海峡大橋の2種です。また、オリジナルフレーム切手「淡路島百景」が平成26年よりシリーズで発行されていてすでに第4編まで出ていますが(下図は第1編と第2編)、残念ながら全国版の淡路島切手は見当たらないようです。

 私には「未帰還者」はあまり馴染みのない言葉ですが、かつては「抑留者」「引揚者」という言葉をよく聞きましたし、双葉百合子のヒット曲『岸壁の母』は懐かしのメロディーです。インターネットで調べてみたところ、未帰還者留守家族等援護法が昭和28年に制定されていて、その第2条で未帰還者が定義されています。また、昭和34年には、生死の定かでない未帰還者に死亡宣告をする「未帰還者に関する特別措置法」が制定されました。

(平成29年5月)

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⇒「切手でつくる元素周期表 − 化学切手同好会より国際周期表年に寄せて」

⇒「切手の元素周期表」 ⇒「手彫切手の顔料と明治人の進取性」荒木修喜氏 ⇒ 十二支雑考

 ⇒「私の切手遍歴」伊藤良一氏 ⇒ 科学切手の図が変だよ! ⇒「切手の淡い思い出」山下弥生氏

 ⇒ エッセーwith俳句「切手」 ⇒ 化学切手同好会  ⇒「科学切手の世界」安部浩司氏

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