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化学切手から変わり者切手へ(私の切手遍歴)
伊 藤 良 一
1.化学切手
あるきっかけで化学に関する切手に標的を定めて蒐集することになって*140年近くなる。「化学の切手なんてあるのか」と聞かれることがある。「C2H5OHと書かれた切手が1948年に日本で発行された」と答えることにしておられる。10余年この方 化学切手同好の数人が寄り合って親睦と情報交換をしている*2。今では15人ほどになった。皆さん化学に関係する仕事をしている。他にも化学切手を集めておいでのお方を存じ上げているし、まだきっと多数おいでの筈である。
「どんなものを化学切手として集めればよいか」がときどき話題になるが、私は「それは各人が好みで決めればよいこと。人により異なっていて結構」と云っている。私の40年間を振り返ってみても収集範囲は変遷している。
当初は原子・分子の切手に標的を定めて集め始め、頼まれたり、こちらから提案したりして、いろいろの化学関係の雑誌に何度か長短のエッセイを書いていた*3。20年ほどして裳華房から化学切手について本を書くことを勧められた。とりかかってみると、原子・分子の切手だけではとても話題が足りないので、この機会に蒐集範囲を化学者、実験器具、化学工場、原料、化学製品などを含む化学全般に関する切手に広げた。出来上がった『切手でつづる化学物語‐エネルギー・衣食住・薬・環境‐』(裳華房 1997)は、日本でのこの種の図書としては北里 元氏の『切手で見る化学工業』(内田老鶴圃新社 1978)に次ぐもので、爾後の類書はまだないように思う。そのとき取り上げたい切手が沢山あり過ぎて、書きかけたまま掲載出来なかった原稿がかなり残り、1/3冊分ほどもあったので、拙著の“おわりに”に“続きを書きたい”という趣旨のことを書いたが、他用にとりまぎれ、想いのままで空手形になった。
(デンマーク 1994年発行、発行目的:地球温暖化に対する警告)
発行される切手の趣旨や図案は時代を反映している。近年は環境問題を取り上げた切手も多い。地球がOでこれをCが囲んでCO2になっている。スペードは警告を意味するのであろう。
2.蒐集範囲の遍歴
私の切手蒐集範囲は上記の事情で原子・分子の切手から化学全般の切手に広がったが、原子・分子の切手といっても内容は変貌している。当初は原子核の周りを電子軌道が囲んでいるラザフォード・ボーア(R・B)の原子模型が描かれた切手が見つかれば総て集めていたが、化学~科学の重要性・有用性が社会に認識されるようになって、科学技術をテーマにした切手の発行がだんだん増え、それにつれてR・B模型が科学技術のシンボルとして切手にしばしば描かれる様になった。それ自体は結構なことであるが、こう増えては資金も追いつかないので、R・B切手の入手は特殊な意味がある場合だけに限定することに変更した。日本原子力切手会(PAJ)には昭和60年発足時に入会したが、会報『原子力切手』に毎年掲載される新発行切手の解説つきリストには殆ど総てのR・B切手が含まれている。リスト作成者のご苦労が思いやられる。
DNAの二重螺旋が描かれた切手についても当初は総て集めていたが、やはりだんだんと二重螺旋が切手に頻出するようになり、私の蒐集も今では特別な場合だけに限定している。DNAの二重螺旋は右巻きが通常であるが、反対の左巻き切手がときどき出現するのは気になる。人によっては右巻きと左巻きの区別が難しいらしい。近頃は左巻きDNAの切手の出現は稀になった。
(ブルガリア 1971年発行、DNAの左巻き二重螺旋を描く、発行の趣旨:欧州生化学連合第7回会議)
近年、カリブ海諸国や中央アフリカ諸国が質の悪い切手を濫発するようになった。郵便学者 内藤陽介氏はこのような国を“外貨をぼったくる国”と名付けておられる*4。ぼったくる国の切手の中にはノーベル賞受賞者の切手も沢山ある。古くからの蒐友S氏はこのような切手は買わないと宣言しておられる。私も近頃は彼に倣うことにしたが、我慢しきれなくて買うこともときにはある。日本のノーベル化学賞受賞者の切手がぼったくる国から出たら買わされることになる。以前は切手濫発に腹を立てていたが、諦めることにした。よく考えてみると郵政当局は切手収集家のために切手を発行するのではないことに気付いたからでもある。
3.変わり者切手
化学屋は何でも物を見たら何で出来ているかとその材質が気になる。紙以外にアルミニウム、スズ、鉄などで出来た切手があるのに気付き、こういうものも集め始めた。
(東ドイツ 1963年発行、化学工場と化学実験室を描く、発行目的:自由と社会主義のための化学をPR。
合成紙デデロン(ナイロン系繊維)製、裏糊はポリ酢酸ビニル、押印可能にするための表面処理がしてある)
それがきっかけで、普通でない変わり者切手、即ち “四角い、紙で出来ていて、四周にミシン目があり、裏に糊がついている” のではない切手にいつしか興味を持つようになった。三角切手は変わり者切手の魁であるが、レコード切手、香りつき切手、温度を上げると色が変わる感温切手、蛍光切手、微細文字を印刷した切手、鉱物などを盛り付けた切手、一部を剥がすとメッセージが出てくる切手、クイズが書かれた切手など、変わり者切手にも種々のバラエティが出来、いつの間にか一つのジャンルになっている。そのためのHPまであることを知った。Pスタンプ、フレーム切手などのマイ切手も変わり者切手の一種だろう。シール式切手は今や変わり者切手に入れるに及ばないほど頻発されている。変形切手を見るのも日常茶飯事になった。
五感のうち味覚に訴える切手だけはまだ見たことがない。長期間にわたり口に入れても問題のない切手用素材はまだ見つからないのであろう。まさか使用期限付き切手を発行するわけにも行くまい。余談になるが、近年の切手の糊は日本の発明になるポリビニルアルコールと酢酸ビニル、ソルビットから出来ている。粘着力が長期にわたり保たれ、殆ど吸湿性もなく、昔の切手のように反り返ることもない。
TVは漸く3D時代が始まりかけているが、切手は以下に記すように、とっくに3D時代である。立体切手の方式にも数々ある。左右異なる色のメガネを掛けて見る基礎的な方式、2枚の僅かに異なる切手を左右に並べて印刷して左の切手を左目で、右の切手を右目で見る方式、ホログラム、表面に縦の細いギザギザがある方式などなどである。実際に立体的なものとしてエンボス印刷したものや、樹脂板表面を加圧加熱成型したものもあり、多彩である。これらのうちかなりの切手は実際の郵便のための使用には疑問があり、ぼったくり切手に該当するものも多い。
切手には印刷技術の粋が発現されていて楽しい。印刷技術の大きな部分を化学が占めていて、印刷技術が進歩するとすぐに切手の印刷に応用される。「化学の切手」とは別に「切手の化学」も面白い。
*1 伊藤良一 趣味を語る「切手」『近畿化学工業界』1974年8月号6-7頁(近畿化学工業会)
*2 化学切手同好会
*3 伊藤良一、通和夫 『化学』30(1975)、222(化学同人)
*4 内藤陽介『事情のある国の切手ほど面白い』(メディアファクトリー 2010)
(2011/01/08)