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この「カブト虫と生命研」は、三菱化成生命化学研究所に11年間在職した筆者
が、研究所の関係者のみの目に触れることを想定した内部資料のような形で書い
た文で、不自然に組織名や固有名詞が出てくるような感があるのは否めません。

   

「カブト虫と生命研」    川 井 正 雄

 昭和47年4月、花の一期生として生命研の一員となったが、町田市南大谷の丘陵に建設中の社屋の竣工をみるのは、さらに半年後のことである。新築なった研究棟4階の一角を占めるに至るまでの間、有機化学調製研究室は国鉄南武線、東急田園都市線の溝の口駅に近い三菱化成の中央研究所の一室を与えられていた。筆者は、永井室長の命を受けて5月から4か月間、箕面市の財団法人蛋白質研究奨励会でペプチド合成の修行を積むことになった。したがって、生命研から歩いて数分の静かな住宅地に引っ越して町田市民となったのは、47年9月のことである。雑木林を開いて作られた研究所は、まさに豊かな自然の真っ只中に位置していた。

 翌年の夏になって、夜ともなると守衛室のあかりを目指して付近の雑木林から集まってきたカブトムシやカナブン等の昆虫類が飛び回っている。そこでかつて昆虫少年だった筆者のノスタルジアがかきたてられ、十数年振りの昆虫採集を思い立つに至った。手を広げればキリがないので、採集の対象は捕中網を持って走り回る必要のない鞘翅目昆虫すなわち甲虫類とし、採集場所は町田市内に限ることとした。

 採集した昆虫は標本箱に整理して2箱分となったが、52年9月よりカリフォルニア大学サンディエゴ校へ留学、2年後に帰国してからは海老名市さらに大和市へと移り住み、採集が再会されることはなかった。そして2箱の標本は、昭和58年3月に11年間勤めた生命研を去るに際し、生物物理研究室の若山さん(現、桐蔭学園横浜大学教授)に託した。後に生命研を訪れてみると、意外や「川井正雄氏寄贈、研究所近辺で採集」との墨書が添付されて標本箱が所長応接室に展示されており、面映ゆくまた嬉しくもあった。

 標本として残されている昆虫は全部で105点、91種でそれぞれ「原色日本昆虫図鑑、甲虫編」(中根猛彦監修、日本甲虫学会編、保育社)で調べた科名、種の和名と学名、採集地、採集日とともに同図鑑での図版番号を記したラベルがつけられている。これらのラベルの記載を整理してまとめたのが別表で、学名と番号は省略してある。調べても科名や種名がわからなかったものも含まれている。判明しているだけで18の科にわたり、カブトムシの属するコガネムシ科が20種で最も多く、カミキリムシ科の13種がこれに続いている。

 生命研近辺で採集された昆虫が圧倒的に多く、L研の文字の入ったラベルが半数近くを占める。特にこの採集を始めるきっかけとなった、正門守衛室の夜間照明に誘われて付近の雑木林から集まってきた虫達が多い。朝出勤すると守衛室から斉藤さんに「大きい虫がいましたよ」と声をかけられ、カブトムシやクワガタムシの入った紙袋を受け取ったことなどが思い出される。虫をつかまえてくださった方と手渡して下さった方が違っている可能性もあって、ラベルには守衛さんとしか記載されていないが当時の守衛さん達には随分協力していただいた。L研裏山とあるのは、現在のカシの木山自然公園のことである。正門のすぐ横の登り口から入って細い山道が高圧線の鉄塔と墓地の横を抜けて、高ケ坂と三ツ又をつなぐ道をまたぐ形になるところまで続いていた。菱化農芸の園地として開かれる前のことである。美しい緑色の金属光沢につつまれたタマムシを見つけたのもここである。種名、科名ともに不明だが、採集地が「L研裏山(オトコエシ、若山氏)」と記されているラベルがある。多分、一緒に昼食後の散歩をしている時に若山さんがオトコエシの葉にいた虫を見つけてくれたものであろう。

 ラベルに名前が残っているもう1人は田村さん(現、佐藤さん)である。有機研の研究補助員でスポーツレディだった彼女がテニスコートのそばで見つけたのか、ラケットに大きなシロスジカミキリを載せて持ってきてくれた。もう1つ思い出すのは、研究棟414号室と記載のあるアオバアリガタハネカクシで、触れると皮膚が痛くなる虫としてマスコミで取り上げられて後のことである。研究棟がエレベーターのあるコア棟の北側にしかなかった頃の有機研の実験室が414号室である。事務机の一隅を何か容器の蓋で押さえて、この下に小さな虫が居ますよと教えてくれたのが、筆者の研究の実験を担当していた研究補助員の勝見さん(現、新井さん)であった。その414号室の窓から、当時の我が家の屋根や庭が見下ろせて、採集地が南大谷東急Bと書かれているのはほかならぬ筆者の自宅かその近辺を意味している。東急B団地と呼ばれていたその一帯は平屋建ての住宅が並んでいたのだが、今はすべて2階建てに建て代えられている。

 ラベルの日付を調べてみると、48年7月5日のクロコガネ等3点が1番最初であって、採集日はその年の7〜9月に集中している。2年ちょっとの間で主立った虫は集めてしまったのかそれとも飽きてしまったからか、49年9月29日のキイロテントウを最後としてそれ以後の日付は見当たらない。ただ1点の例外が52年7月2日付のノコギリクワガタの雄で、これは守衛の由起さんがつかまえられたものと記憶する。すでにノコギリクワガタの標本は雄、雌ともに1点づつあったのだが、その雄は小型で特徴となるべき大あごも十分に発達していないものであった。それに較べ由起さんのノコギリクワガタは、ほれぼれするような美形である。

 生命研を退職してちょうど10年が過ぎている。しかし標本箱の標本を眺めていると、今まで意識の底に沈んでいた20年近く前の記憶の断片が浮かび上がってくる。採集場所によっt、当時の行動半径がほぼわかる。子等を連れて一家4人で薬師池へもよく遊びに行った。きれいに整備される前のひなびた薬師池である。小山田の大泉寺でツマグロハナカミキリを見つけたのは、晴れわたった子供の日のことで、オタマジャクシをつかまえたりもしたが、そのとき一度訪ねたきりで再びは訪れていない。バスの窓から眺めたあののどかな風景は今も変わっていないのだろうか。49年秋にスナゴミムシダマシが玉川学園中央幼稚園で採集されているが、翌春に長女の入園する幼稚園選びのために歩き回っていたゆえである。その娘もまたその弟もすでに大学生である。筆者の一家もそれなりの変遷を経験しているのだから、設立後20年余を経た生命研が建物も中味も飛躍的な発展と変貌を遂げているのは自明のことである。

 生命研の創設時より中心となって貢献して来られた景山さんを始めかなりの方々がこの3月末で生命研を去られると伺った。景山さんからは、表に現われていない生命研の20年史をとのことで、虫集めなどという風変わりなことをやる筆者なら何か書けるだろうとの依頼を受けていた。つい失念してそのままにしてしまっていたが、3月30日に日本化学会春季年会参加の空き時間を利用して生命研を訪ね、景山さんより催促を受けることとなった。それで、かつての同僚佐藤一紀さんの奥様で所長秘書の真由美夫人の取り計らいで、翌日夕方の所長応接室を確保していただき、再度研究所を訪れて昔作った標本との対面が実現した。その結果が、このつたない一文となった次第であるが、どうも筆者の個人的な感慨に走り過ぎて初期の目的からははずれてしまったようである。しかしともかくも、昭和48年から49年にかけて生命研の近辺にどのような昆虫が居たかということに関しては、今回まとめた付表は確かに歴史の真実のある一片を表わしているとは言えよう。

平成5年4月5日 
  
(昭和48年4月〜58年3月、三菱化成生命科学研究所 有機化学調製研究室勤務) 
(執筆当時は名古屋工業大学 応用化学科教授) 
 

【 追 記 】 いったん筆者の手を離れた標本に、研究所を退職後10年目に再会して書いたのがこの一文である。筆者らが「L研」と呼んでいたこの研究所は、後に三菱化学生命科学研究所と改称し、2010年にその幕を閉じて解散することとなる。次に勤めた名工大を定年退職して4年後のことである。L研が消滅する!との報に接したときは愕然としたが、やがて、私の残してきた標本の運命が気になり始めた。ボロボロになってるかも知れず、また、処分されて跡形もないかも知れない。ともかく、すでに寄贈という形で筆者の手を離れたものである。今さら未練がましく申し出るのも気がひけたが、閉所の半年ほど前だったか、当時の同僚で、まだ研究所に出入りされている佐藤尚武さんにお伺いをたててみた。嬉しいことにまだ良好な状況で残っていることが確認され、別に行き先は決まっていないとのことがわかった。という次第で、四半世紀以上を経て筆者の手に戻った標本箱は、当時の写真(上掲)とほぼ変わらぬ姿で今はめでたく我が家にある。

(平成22年)

【 追 記 - そ の 2】 『日本の生命科学研究の黎明期に民間企業が維持発展させてきた基礎研究所として、世界的にもユニークな存在である。「L研」あるいは「生命研」の通称で知られた。』 とウィキペディアに記されている今は亡き「生命研」であるが、2024年の文化の日には「第3回 L研大同窓会」が開催され、190名の参加者が集う盛況であった。歓談の際に、上記の一文で「・・・後に生命研を訪れてみると、意外や「川井正雄氏寄贈、研究所近辺で採集」との墨書が添付されて標本箱が所長応接室に展示されており、面映ゆくまた嬉しくも・・・」と記した件の昆虫標本について、倉庫に眠って居たのを所長室に置くように計らってくださったのは景山さんであったことをご当人から教えて頂いた。

(令和6年11月)


付 表 

  科 名    種 名    採集場所 採取日
コガネムシ科 カブトムシ(♂) L研正門外 48. 8.14
カブトムシ(♀) L研正門 48. 8.14
カナブン IBM下 48. 8.18
クロカナブン L研裏山 48. 8. 2
コフキコガネ L研正門(夜、灯火) 48. 8. 7
オオコフキコガネ L研事務棟前 48. 8. 8
ハナムグリ IBM裏山 48. 9.23
シロテンハナムグリ L研事務棟前 48. 8. 4
マルエンマコガネ(♂,♀各1) 南大谷東急B 49. 9. 5
ツヤマルエンマコガネ L研正門(夜、灯火) 48. 7.10
オオクロコガネ L研正門(夜、灯火) 48. 7. 6
ドウガネブイブイ L研正門(夜、灯火) 48. 7.30
マメコガネ 南大谷東急B 48. 7. 6
ビロウドコガネ L研研究棟4階更衣室 48.8.21
アカビロウドコガネ L研正門(夜、灯火) 48. 7.25
サクラコガネ 南大谷東急B 49. 8.12
セマダラコガネ L研正門(夜、灯火) 48. 7. 5
セマダラコガネ 南大谷IBM下 48. 7.22
不明 L研正門(夜、灯火) 48. 7. 5
不明 L研内 48. 8.17
不明 南大谷東急B 49. 6.13
不明 南大谷東急B 49. 6.29
カミキリムシ科 シロスジカミキリ L研(田村さん) 49. 7.31
ゴマダラカミキリ 南大谷ガード付近 49. 7.20
ゴマダラカミキリ L研裏山入口 48. 7.26
ヤマカミキリ L研(守衛さん) 48. 7.27
クワカミキリ 高ケ坂(桑の木) 48. 8. 5
ノコギリカミキリ L研事務棟前 48. 8. 3
キボシカミキリ 南大谷(桑の木) 48. 8. 4
トラフカミキリ 高ケ坂郵便局裏(桑の木) 48. 8. 4
タケトラカミキリ 南大谷東急B 48. 8.11
カタシロゴマカミキリ L研内(守衛さん) 48. 8.25
クロカミキリ L研正門付近 48. 7. 5
ツマグロハナカミキリ 小山田、大泉寺 49. 5. 5
不明 高ケ坂 49. 5.26
不明 L研研究棟4階 49. 6. 1
テントウムシ科 テントウムシ L研正門 48. 7.28
テントウムシ L研研究棟414号室 48. 8.14
テントウムシ 伊藤病院下 48. 9.16
テントウムシ 新原町田 48.11.11
キイロテントウ 南大谷(桑の葉) 49. 9.29
ナナホシテントウ L研正門外 48. 9.17
トホシテントウ 南大谷 49. 5.26
ニジュウヤホシテントウ 南大谷東急B(ホオズキ) 49. 8.18
オオニジュウヤホシテントウ 薬師池 48. 9.24
ヒメカメノコテントウ 南大谷東急B 48. 8. 5
ゾウムシ科 オオゾウムシ L研内 48. 7. 9
オオゾウムシ L研正門外 48. 9. 4
ヒメシロコブゾウムシ 玉川学園駅付近(クズの葉) 48. 9.15
オジジロアシナガゾウムシ IBM裏山(クズの葉) 48. 9.17
カツオゾウムシ IBMグランド横(クズの葉) 48. 9.23
トホシオサゾウムシ(2点) IBM裏山 48. 9.23
不明 南大谷東急B 49. 6.29
不明 南大谷東急B 49. 8. 3
不明 南大谷 49. 8. 4
ハムシ科 クロウリハムシ 薬師池 48. 9.24
ホタルハムシ 南大谷(ウリ科植物) 48. 9. 9
イタドリハムシ 南大谷東急B 49. 5.13
アトボシハムシ 49. 5.26
クロハムシ 高ケ坂(桑の葉) 49. 6. 2
不明 L研裏山入口 48. 7.10
不明 高ケ坂、桑畑 48. 9.16
不明 本町田団地(ギシギシ) 49. 6.16
不明 薬師池(ヨモギの葉) 49. 6.16
クワガタムシ科 ミヤマクワガタ(♂) L研内(守衛さん) 48. 7.27
ミヤマクワガタ(♀) L研内(夜、灯火) 48. 8. 4
ノコギリクワガタ(♂) L研内(守衛さん) 52. 7. 2
ノコギリクワガタ(♂) L研事務棟前 49. 9.26
ノコギリクワガタ(♀) L研内(夜、灯火) 48. 8. 4
コクワガタ(♂) L研内、屍体 48. 8.18
不明(♀) L研内(守衛さん) 48. 7.27
ゴミムシ科 セアカゴミムシ L研正門 48.10. 1
オオアトボシアオゴミムシ L研事務棟前 48. 9.25
キベリゴモクムシ L研正門 48. 8. 7
不明 南大谷ヤブ広前 48. 8.20
不明 南大谷東急B 48. 9. 2
タマムシ科 タマムシ L研裏山 48. 8.17
ウバタマムシ L研事務棟前 48. 7.27
クズノチビタマムシ(2点) 南大谷小学校裏(クズの葉) 49. 5.26
コメツキムシ科 トラフコメツキ 新原町田 49. 5.12
サビキコリ L研正門(夜、灯火) 48. 7.28
トビイロクシコメツキ 南大谷東急B 49. 5.20
シデムシ科 クロシデムシ L研正門外、屍体 48. 9.10
オオモモブトシデクシ L研正門 48. 7.26
オオヒラタシデムシ L研前 49. 5.27
オサムシ科 オオオサムシ 南大谷ヤブ広前 48.10. 2
マイマイカブリ 南大谷ヤブ広前 49. 9. 7
ゴミムシダマシ科 スナゴミムシダマシ 玉川学園中央幼稚園 49. 9.15
キマワリ L研事務棟横 49. 8. 6
ハンミョウ科 トウキョウヒメハンミョウ 南大谷東急B 49. 7.10
センチコガネ科 ムネアカコガネ 南大谷ヤブ広前 49. 6.29
ハネカクシ科 アオバアリガタハネカクシ L研研究棟414号室 48. 8.15
ゲンゴロウ科 ヒメゲンゴロウ L研正門(夜、灯火) 48. 8. 4
オトシブミ科 クチナガチョッキリ IBM裏山 49. 5.19
ケシキスイ科 ヨツボシケシキスイ L研裏山(樹液) 48. 8. 2
科名不明 不明 南大谷(クワの葉) 48. 8.19
不明 南大谷(クワの葉) 48. 8.19
不明 L研裏山(オトコエシ、若山氏) 48. 9.10
不明 高ケ坂、桑畑 48. 9.16
不明 L研研究棟414号室 48.10.29
  不明(2点) 南大谷東急B 49. 5.25

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