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⇒「思い込みと手品」 ⇒ リングのシンフォニー ⇒「奇術と化学」 ⇒ 「化学の手品あれこれ」
⇒「レーザーポインターと指示棒 ー マジシャンの視点から ー」 

手品趣味    

 小学校のクラス会で手品をやった記憶があるので、生まれつきこの類のことは好きなのであろう。もっとも、その時は、兄からタネや演出を全部教えてもらった。

 自分史的な年賀状集「 私の年賀状」でも、あちこちに手品にまつわる記述がある。

 手品の練習を始めたのは、大学に入って奇術のクラブに入ったのが始まりであるが、この京都大学奇術愛好会は2年間で消えてしまった。(「私の年賀状」昭和37年

 昭和55年の初夏に、横浜マジカルグループ(YMG)というレベルの高いすぐれた社会人サークルに入れていただいた。ここに紹介するビデオは、昭和56年2月、横浜市教育文化センターホールで行われたYMGの第18回発表会での約3分40秒のリンキングリングの演技である。黒々とした豊富な髪の毛の38歳の私の貴重な思い出の資料であるが、演技はダイ・バーノンの傑作手順「リングのシンフォニー」で、ルイス ギャンソン著、高木重朗訳の「リングのシンフォニー」(力書房、昭和35年)に従った。発表会に来られていた高木氏より基本に忠実に演じていたというお褒めの言葉があったと聞いている。

転職して引っ越したので、実際にYMGの例会に参加して活動していた期間は3年に充たない。離れて後もYMGへの未練は絶ち難く、かなり長い間、会費を払って会員資格を保っていた。下記に紹介するエッセー「思い込みと手品 - 常識の裏表 -」は平成7年のものであるが、最後に「横浜マジカルグループ会員」の記載がある。(「私の年賀状」昭和56年) 

 私の年来の夢は、大学の奇術クラブの顧問になることであった。名古屋工業大学に赴任して約11年を経た平成6年に、やっと名古屋工業大学奇術同好会を立ち上げることができた。同好会に顧問はなく、私は黒幕的な存在であったが、定年退職の1年前に、「マジックサークルNIT」として正式の部活動に昇格した。私は目出度く、初代の顧問となったわけであり、HPのサークル情報のページには、今も、私の名前が、部の規約には存在しない「名誉顧問」として残っている。サークル記録の2003年の活動2004年の活動には、一番嬉しそうな顔をして学生たちと一緒に写っている私が居る。(「私の年賀状」平成6年

 そのほか、「私の年賀状」の昭和38年平成4年平成11年でも、少しずつではあるが、手品の話題が登場する。

 また私の専門である化学に関わる手品の話題に、「奇術と化学」「化学の手品あれこれ」がある。

 学会発表などにおいて、最近のレーザーポインターよりも昔ながらの指示棒の方がずっと聴衆にやさしいという主張を、人前で手品を演じたことのある者の視点から述べているのが、「レーザーポインターと指示棒 ー マジシャンの視点から ー」です。


 


(「近畿化学工業界」平成七年十月号に掲載 )

思い込みと手品  - 常識の裏表 -    

川 井 正 雄   
(名古屋工業大学)  


 「受験票が風に吹かれて窓の外へ飛んでいってしまいました」。何人かの受験生が窓から体を乗り出して、張り出した屋根の上などを探しているが、見つからないらしい。現在のセンター試験が共通一次と呼ばれていたころのことである。試験監督員の一人であった小生は、さあ大変と当の受験生から事情聴取を開始する。「窓から出ていったところを見たのですか」、「窓が開いていて、風が強くて、机の上に置いておいたのがありませんので…」。ふんふん、なるほど。「では、君のポケットと鞄の中をもう一度捜してみてください」。ほどなく「すみません。鞄の中にしまってありました」と一件落着。

 「手品で解決しましたね」との、小生の奇術趣味を知る同僚の言葉に、さほど深い意味はなかったであろう。しかし、あとで考えてみるとこのエピソードは結構奇術の真髄に触れるものがある。開いた窓、強い風というキーワードが、机上にない受験票と結びつくと、風に吹かれて窓から出ていくイメージが明瞭に形成されてしまう。人間いったん思い込むと、なかなかその思い込みから抜け出せない。手品では、そのような観客の思い込みを積極的に利用する。小箱を振ってカラカラと音がしていれば、箱の中味が振られて音を出しているとするのが常識的な判断であって、箱は空で服の袖に音の仕掛けがあるとは考えないのが普通であろう。

 ごく簡単なトランプ手品を紙上で再現してみよう。4枚のカードを表裏交互に重ね、図1のようにひろげて持つ。手を返して反対側もよく見せる。見ての通り、右手の4枚は赤のQとKであって、左手の4枚は黒のQとKである。それぞれ、そのままの形でテーブルに置き、表向きの赤のカード2枚と黒のカード2枚とを抜き出して交換する(図2)。いずれの4枚も赤黒赤黒と交互に並んだはずである。さて、返して見ると右側は黒4枚、左側が赤4枚に変わっている。

 図を見てすぐに種を見抜かれた方もあるかもしれないが、実際に演じてみるとネタが割れてしまうケースは稀である。念のため種明かしをすると、この8枚は普通のトランプではなく、両面が表のカード(例えば片面が♦のQで反対側の面が♦のK)と両面とも裏模様のカードを用いている。トランプのカードは表にマークや数字があって裏に背模様があるものと信じ切っているので、手を返したときの表カードと裏カードの位置の不自然さが見逃されてしまう。オーバーに言えば、思い込みが真実を見る目を曇らせているということである。

 ここで紹介した程度のものなら、試みてみたい向きは、普通のトランプを糊で貼り合わせて簡単に自作できる。奇術の専門店には、普通人の常識を超えたトランプが各種あって、例えば52枚とも♡の8でできている1組のトランプを買えば、間違いなく相手に♡の8を「任意に選び抜かせる」ことができる。逆に、表はまったく1組の普通のトランプと変わるところがないのだが、裏の模様が色とりどりでデザインも1枚ずつ全部異なっているといった代物もある。

 「常識」と「思い込み」とは紙一重であって、同義語に近い場合も多かろう。普通は、トランプの箱があればその中にはまともな1組のカードが入っているはずで、いちいち疑ってかかればゲーム遊びも何もできたものではない。そのような常識=思い込みの盲点をついて楽しむのが奇術であるが、悪用して不当な利益を得ようとするのが、詐欺であろう。古典的なものから現代的なものまで思い込みを巧みに利用して種々の詐欺がまかり通っているようである。すぐれた奇術に劣らず、詐欺も非常によくできていて、見破るのは容易でないらしいが、「濡れ手で粟のボロ儲けといったうまい話はあり得ない」という常識がひとつの有効な自衛の指針とはなろう。

 固定観念、思い込みにとらわれない柔軟な発想から、科学、技術の進歩、発展がもたらされる。さて実験をやっていると、往々にして非常識なデータに遭遇する。この結果の説明には、大胆な仮説が必要となる。これが真実なら画期的な展開や新発見につながるはずである。残念ながら小生の場合(そしておそらく他の大多数の方々の場合も)、科学の常識を覆す新発見には至らず、画期的と見えた実験結果は誤った思い込みや測定ミスによるもので、「人は時として間違いをおかす」という普遍的な常識を再認識することになる。

 「宗教家は殺人鬼ではあり得ない」、「京阪神地区に大地震は起きない」、「銀行は破産しない」などは、多くの人が常識と思っていたけれど、実は思い込みに過ぎなかったことがわかった例であろう。思い込みを排して真実を見ることは容易ではない。ただし手品を趣味としていると、かつてマスコミを賑わしたユリ・ゲラーのスプーン曲げをはじめ、サイババなる人物の起こす数々の奇跡などに惑わされる心配はない。奇術は、合理的な現象を一見不合理で奇跡的なように見せることであり、奇術の世界は不可思議に見える現象でみちみちている。麻原教祖の空中浮揚などはまあ問題外であるが、テレビや週刊誌がオカルトブームとかでさまざまな超常現象をいかに権威者のお墨付きで紹介したとしても、「奇跡は滅多に起こらない」という常識をもって冷静に見流すことができる。

[後記と註記] 大学一年のとき「京都大学奇術愛好会」に入部して以来、奇術歴は三十五年近くにはなるが、一生懸命やっていた期間は長くはなく、手品の腕前も大したことはない。奇術の「常識」として種明かしをしてはいけないのだが、ここでは級友で現在丸善石油化学(株)勤務の平井隆一氏が当時、考案自作して見せてくれたものを紹介した。小生は超常現象や超能力者のパワーなどまったき信じないが、超能力はあり得るとする立場のゆうむはじめ氏による「Mr. マリック超魔術の嘘」とその続編(いずれもデータハウス刊)はなかなか面白い。奇術を超能力と偽って演出する奇術師とテレビ局への憤りがこめられている。なお、化学にまつわる奇術の話題は、月刊誌「化学」(化学同人)平成五年十二月号に書いた。

(応用化学科教授・横浜マジカルグループ会員)

(「近畿化学工業界」平成七年十月号に掲載)

 

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