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高校化学教科書の今昔半世紀

 (掲載: 東海化学工業会会報 2015年10月号)


中之島科学研究所  川 井 正 雄  


1.はじめに

 国立大学が独立法人になって1年後に63歳で定年退職したのが10年近く前のことである。1週間に1回の非常勤教師の口が2つあって、毎週が飛び石連休といった日々を過ごしていたが、その非常勤の1つは70歳で定年となった。年をとって暇が増えると昔を懐かしむ気持が強くなってくる。ふと、小学校時代の音楽、中学時代の国語、その他、かつて学んだ教科書をもう一度見てみたいと思うようになった。ノスタルジアばかりでは気がひけるので、専門の化学について自分が学んだ昭和30年代の教科書と現代の教科書との比較を試みることを思い立った。

 各教科の昔からの教科書がよく揃っているよという知人の薦めで、東京都江東区の公益財団法人教科書研究センター付属図書館を訪ねた。昭和33〜35年度が筆者の高校時代であるが、当時の化学の教科書には5単位用と3単位用があったことがわかった。5単位用のうちのいずれかが筆者が実際に学んだもののはずである。恥ずかしながら、各出版社の教科書を見比べてみても、どれが実際に自分の使ったものか判然としない。この詮索への深入りは避け、当初の動機であるノスタルジアはさておくこととした。

2.教科書と学習指導要領

 教科書は、文部省(平成13年より文部科学省)が定める学習指導要領に準拠しており、指導要領の改訂に伴い教科書も改訂されている。筆者が学んだのは、戦後2度目の改訂による昭和31年からの教科書ということになる。教科書研究センターおよび大阪府教育センターを訪ね、当時の5単位用と3単位用の「化学」の教科書の中から5単位用の計10種類1を最近の教科書との比較の対象とすることにした。この「化学」から6回の指導要領の改訂を経て、現行教科書は「化学基礎」「化学」の二本立てであるが、比較の対象はその直前に使用されていた「化学Ⅰ」「化学Ⅱ」の教科書7種類2とした。本稿では、昭和31〜40年度の5単位用「化学」の教科書を『昭和版』、半世紀あとの平成15〜26年度の「化学Ⅰ」「化学Ⅱ」の教科書を『平成版』と略称するが、これらが昭和期、平成期の代表という意味ではない。筆者の能力と時間的制約から総合的、体系的な比較はかなわず、以下の記述は気付いた点、興味を覚えた部分の比較にとどまっている。

3.周期表と原子量

 昭和版、平成版を問わず、表紙あるいは裏表紙の裏に元素の周期表が示されており、大抵の昭和版では律の字が入って「周期律表」となっている。表の題名はさておき、注目すべき点として、平成版では1族から18族までの長周期型であるのに対し、昭和版には1〜8族と0族の計9列よりなる短周期型の教科書と18列の長周期型の教科書が混在している。両方の表が載せられている例も見られて、この時期が短周期型から長周期型への移行期にあたるようである。筆者にとって懐かしい短周期型は、元素を原子価で分類して例えば1価のアルカリ金属と銅族を同じ列に押しこめているものであるが、すっかり過去のものとなってしまった。なお、昭和版の長周期型の族名は、1〜18族ではなく、1A〜7A、8、1B〜7B、0と短周期型と同じで、8族は3列よりなっている。現在は18族の希ガスを、筆者らは0族で不活性気体という名前で習った。なお、昭和版では原子番号102のNo(ノーベリウム)までであるのに対し、平成版では原子番号111のRg(レントゲニウム)までが記載されている。

 原子量は、昭和版と平成版にほとんど差はないが、昭和版では酸素の原子量は小数点のない整数値の16である。かつては、酸素原子の質量を16とし、酸素に対する相対質量として他の原子量が定義されていたが、1961年(昭和36年)に原子量の基準が質量数12の炭素に改められた。したがって今では酸素の原子量は15.9994であり、有効数字4桁で表せば16.00となる。

4.化学用語の今昔

 原子量、分子量にグラム単位をつけた量がそれぞれ1グラム原子、1グラム分子、すなわち1モルであり、アボガドロ数の粒子の集合体の質量である。昭和版にあるこの「グラム何々」なる用語は平成版には見られない。酸や塩基の1モルを価数で割ったものが1グラム当量であるが、このグラム当量や濃度の単位の「規定」(n規定=nグラム当量/1リットル)も教科書から姿を消した。もはや化学の世界で使われなくなってしまったようである。一方、平成版に登場しているのが「物質量」で、何かピンと来ない言葉である。要はメートルが長さの単位であるように、モルが物質量の単位ということである。なお、国際単位系(SI)への移行により、圧力や熱量の単位も平成版では、J(ジュール、1 cal=4.184 J)、Pa(パスカル、1 気圧=1013 hPa)が使われている。

 筆者はリン酸は3塩基酸、水酸化カルシウムは2酸塩基であると習ったが、このややこしくて混乱しそうな呼び方に親しみが持てなかった。今回、各種の昭和版教科書を調べてみて、3価の酸、2価の塩基といった分かりやすい素直な表現の教科書もあったことがわかった。当時は、変な呼び方から素直な呼び方への移行の過渡期であったようである。

 半世紀の間に化合物やイオンの呼び方や表記法が大きく変わったものもある。フェロシアン化カリウム(黄血塩)K4[Fe(CN)6]、フェリシアン化カリウム(赤血塩)K3[Fe(CN)6]は、それぞれ、ヘキサシアノ鉄(Ⅱ)酸カリウム、ヘキサシアノ鉄(Ⅲ)酸カリウムとなって、今では黄血塩、赤血塩という呼び名にも滅多に出会わない。2価と3価の鉄イオンは、それぞれ第1鉄イオン、第2鉄イオンと呼ばれFe++、Fe+++と表記されていたのが、鉄(Ⅱ)イオン、鉄(Ⅲ)イオンに変わり、イオン式の電荷の書き方もFe2+、Fe3+となった。Cl-、OH-も、塩素イオン、水酸イオンから塩化物イオン、水酸化物イオンに変わった。余談ながら、温泉浴場の泉質表記は、未だ塩素イオンのままのものも見受けられる。

5.化学の進歩と教科書

 昭和版に比べ教科書の紙質もよくてカラフルな平成版はページ数も「化学Ⅰ」「化学Ⅱ」を合わせて5割増し程度になっていて、今日の豊かさと化学の進歩が実感される。昭和版では炭素の単体はダイヤモンドと黒鉛だけであるが、平成版にはフラーレンが炭素の同素体として併記され、さらにカーボンナノチューブや炭素繊維について触れているものもある。

 活字離れが進んでいると言われるが、活字を用いる活版印刷は今やほとんど行われていない。主成分が鉛で固化時の体積膨張が特徴の活字合金(活字金)は昭和版にはあっても、当然ながら平成版には見当たらない。同様に、鉄塩を用いて感光により青色の顔料を生じる青写真の説明も化学の教科書から消えた。設計図によく用いられていたため「人生の青写真」などと比喩的表現に残っている。

 敗戦から復興した日本は、高度成長を経た半世紀で、衣食住は見違えるばかりに豊かになった。化学の進歩の恩恵を受けた品々が満ち溢れていて、例えば平成版の教科書に記載されている高吸水性高分子は紙おむつなどに利用されている。しかし、長らく工学部に身を置いて有機化学分野を専門としていた者として、満ち溢れる化学製品の恩恵に浸る日常を思えば、新登場の化合物の数はもの足りない気がしないわけではない。もっとも、やたらと教科書への記載を増やせば、高校生は受験のために覚え込まなければならない項目が増えて化学嫌いを増やしかねない。なお、ここで平成版として参照しているのは、現行課程の直前に施行されていたゆとり教育路線の極みとも言えるカリキュラム用の教科書である。

6.シス-トランスも習ってなかった!

 教科書の記述内容は半世紀の間に随分と高度化している。筆者が大学に入って初めて習った電気陰性度、電子親和力、イオン化エネルギー、水素結合、活性化エネルギーなどが平成版の教科書に説明されている。有機分子の立体構造は昭和版には載っていないが、平成版にはポリペプチド鎖の立体構造やDNAの二重らせん構造までも描かれている。

 筆者が高校を卒業して以来、大学の教員となって入試問題の作成に関わるようになるまでの二十数年間は、高校の教科書をきちんと見る機会はほとんどなかった。採点業務などに携わることは度々あって、二重結合のシス−トランス異性体や不斉炭素原子が関わる光学異性体について高校生が知っているのは当然のことと思っていた。今回、あらためて昭和30年代の教科書に接してみて、自身は高校では立体化学的なことは一切習っていなかったことを思い知らされ驚いた次第である。大学では不整炭素と教わったのは、当時は斉の字が当用漢字には含まれていなかったためである。当然ながら、平成版の教科書では、幾何異性体や不斉炭素についてのていねいな記述がある。

7.ボルタ電池 vs. ダニエル電池

 昭和版の教科書では、先ず最初にボルタ電池が出てきて、ダニエル電池については触れられていないものが多い。しかし、平成版で最初に説明されているのは、ほとんどの場合がダニエル電池であって、ボルタ電池の方は参考としてコラムなどで紹介されている例が多く、まったく記述のない教科書もある。イオン化傾向の異なる金属とその金属イオンとを組み合わせて、亜鉛がイオン化して亜鉛イオンとなり、銅イオンが金属銅として析出するダニエル電池は、ボルタ電池よりも理解しやすい。しかし、電池の元祖であるボルタ電池が主役の座から脇役に転じてしまったのは、もっとそれなりの理由があるとのことである。ボルタ電池の紹介では、正極で発生する水素のために分極が起こって起電力が1.1 Vから0.4 Vに低下してしまうといった説明が付記されている。ボルタ電池の電極では、実際には教科書に示されているよりもっと複雑な反応が起こっている。さらに正極の銅板の表面が汚れていたりすると、理論値よりも高い起電力が観察されることもあるらしい。電池の本家のボルタ電池を脇役に引きずり下ろしたのは、詳細な電極反応についての理解を可能にした電気化学の進歩である。

 なお、時代の進歩を反映して平成版ではアルカリマンガン乾電池、ニッケルカドミウム電池はじめ各種の電池が取り上げられている。

8.ゾンビの如きヨードホルム反応

 化学Ⅰの教科書のすべてにヨードホルム反応についての記載があり、最近の理系受験生が読む化学の教科書や参考書でこの反応を扱っていないものを見つけるのは困難であろう。しかし、昭和版の教科書ではむしろヨードホルム反応が載ってない方が多い。メチルケトン類にアルカリ性条件でヨウ素を反応させるとヨードホルムCHI3の黄色の結晶が生成するが、その反応機構は高校生が容易に理解できるほど単純ではない。かつてはメチルケトンの検出手段として本反応が有用であったとしても、化合物の構造解析に機器分析が駆使されている現在ではヨードホルム反応の出番はないと言わざるを得ない。しかし、本反応はいくつかの情報を与えて分子構造を推定させる入試問題の作製に恰好のアイテムである。味覚も嗅覚も常人より劣る筆者はヨードホルムの臭いを知らず、ひょっとしたら一度も嗅いだことがないかもしれない。「…特異臭のある黄色の結晶が得られた。」といった類の問題文の出題者の何割が本当にこの特異臭をご存知なのであろうか。なお、筆者は大学で23年間、多くの同僚とともに化学系学生の教育に携わってきて、途中で教科書を2回変えているので、使用した教科書は合計3種類3)である。いずれも著者は外国人で日本語訳であったが、書棚からそれらの教科書を取り出して調べてみた。2種類はハロホルム反応を扱っていたが、最後に用いた教科書3c)にはハロホルム反応も化合物としてのヨードホルムも記載がないことを発見した。ゾンビのごとくに時代遅れのヨードホルム反応が教科書の中に生き残っているのは、オーバーに表現すれば、大学受験が高校教育の内容をゆがめている一例であろう。

 文句ばかり述べていても建設的ではないので、ヨードホルム反応の代わりになりそうな試験問題用のアイテムを考えてみることにした。構造解析の常用手段である13C NMRスペクトルからはカルボニル炭素をはじめメチル、メチレン、メチンおよび4級炭素の区別についての明快な情報が得られる。「…スペクトル解析の結果、この分子にはメチル基が2個あり、水素原子を持たない炭素原子は存在しないことがわかっている。…」といった類の記述は、問題文としても素直で、何ら不自然な点はなさそうに思う。

9.おわりに

 歴史家ならぬ一般人にとって、昔と言えば自分が生まれ育った子供時代の思い出である。昔ながらの自然環境が変貌し、周辺の生物多様性が激減しつつある昨今の状況を嘆く場合も、美しい日本の自然を取り戻したいと思う各人の心の中の原風景は、大抵の場合、自らの子供時代の日常である。もともと化学史、科学史からは遠い筆者のノスタルジアが形をなした本稿では、原点は筆者の高校時代である。したがって化学の長い歴史のほんの一隅を垣間見たに過ぎない。化学の教科書には、世界および日本の化学の進歩、発展のみならず、広く科学全般や教育、生活、社会の変化が映し出されている。いつの日か、有能な協力者を得て化学教科書の歴史の全貌に迫る試みができれば幸いである。

 東海化学工業会の平下恒久幹事からの依頼が執筆のきっかけである。折しも東化工は50周年とのことで、半世紀を隔てた教科書の比較を試みることにした。寄稿をお薦めいただいた同氏、教科書資料を提供いただいた私市紀代子、宮島一彦(中之島科学研究所)の各氏、有益な助言をいただいた高木繁(名古屋工業大学)、河村真三(梟塾)、小野昌弘(中之島科学研究所)の各氏に深謝する。

10.参考教科書

1)大原出版、開隆堂、好学社、講談社、三省堂、実教出版、清水書院、修文館、大日本図書、中教出版の各社の5単位用「化学」の教科書

2)啓林館、三省堂、実教出版、数研出版、第1学習社、大日本図書、東京書籍の各社の「化学Ⅰ」「化学Ⅱ」の教科書

3)a. モリソン ボイド「有機化学」上中下、第6版(東京化学同人)、b. ケンプ「有機化学」上中下(東京化学同人)、c. ボルハルト ショアー「現代有機化学」上下、第3版(化学同人)

Masao KAWAI(中之島科学研究所 研究員)

連絡先 〒530-0005 大阪市北区中之島4-2-1 大阪科学振興協会内




東海化学工業会会報への上記の寄稿「高校化学教科書の今昔半世紀」と重複する内容であるが,下記のごとく大阪市立科学館研究報告にも掲載されている。



大阪市立科学館研究報告(第62号)、pp71-74(2016)

「高校化学教科書の変遷 -- 昭和30年代と平成20年代の比較」

川 井 正 雄  

pdf ファイル 左の下線青字部分をクリックすると大阪市立科学館のサイトのpdfファイルがご覧になれます。 



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10月23日は「化学の日」! 

           


 ご存知ない方がほとんどでしょうが、最近「化学の日」が制定されました。なぜ、10月23日なの?というと、6.02×1023個(すなわち、602,000,000,000,000,000,000,000個)の原子や分子の集まりを1モルと呼び、これが化学の世界で物質の量を表す時の基本的な単位になっているからです。物品を数えるのに12個をまとめて1ダースとしたり、12ダースをまとめて1グロスとすれば便利なように、たくさんの原子や分子を扱う化学ではモルという単位を使うのが便利というわけです。

 炭素なら12グラム、アルミニウムなら27グラム(1円玉27個に相当)、水なら18グラム(牛乳瓶1杯の水の10分の1)が1モルです。この中に含まれる6×1023個が如何に凄い数かということを、次の文は実感させてくれることでしょう。

『 分子は小さい — 太平洋に散った盃の水の行方?』(*)より抜粋  

 実際にはあり得ないことですが,盃の中の水分子の全部に見分けがつくような標識をつけることができたとします.その盃の水を太平洋に注いで,太平洋中に万遍なく行き渡るように十分にかき混ぜ,今や日本海溝の深みにも,ハワイの海にも,ロングビーチにも,南極大陸の近くにまでも散らばっているとします.そこで,先ほどの盃を使って太平洋の水をすくってみます.根気よく水汲みを繰り返せば,やがてその盃の中に標識のついた水分子が見つかるでしょうか? 生態を調べるためにタグを付けて海へ放流したウミガメを探すようなイメージです.

 「海は広いな,大きいな♪」の歌がありますが,太平洋の体積は約 700×106 km3 です.これを cm3 に換算すると 7×1023 cm3 となります.盃の容積を18 cm3とすると,18 gの水が入っていたことになります.18 g の水に含まれている水分子の数は 6×1023 個で,cm3で表した太平洋の海水の体積にほぼ匹敵します.新しく汲んだ最初の一盃の水 18 cm3 の中に,元の水分子が15個程度含まれている計算になります.分子の数がいかに多いか,言い換えれば,1個の分子がいかに小さいかがわかります.

(* 出典:「生命を知るための基礎化学 ー 分子の目線でヒトをみる」川井正雄著、丸善)
     

 上の図は、岡山県総合教育センターの平成23年度 高校理科研修講座(化学)で「分子から見た私たち」の演題で話した際に用いたスライドの中の1枚です。これらのプレゼンテーションの資料を、今でも教育センターの方が利用していただいていることを、最近になって偶然に知り、嬉しく思いました。

(2015年10月23日)

 「化学と教育」誌の2015年9月号の「化学教育 徒然草」に、玉尾皓平 日本化学会 前会長が『10月23日「化学の日」の定着を』という一文を書かれている。その中で、アボガドロ数について、1モルの水と太平洋の話題が、下記のように紹介されている。

・・・これがいかに大きな数か,また分子がいかに小さいかを実感しておくのも化学に親しみを深める上でも重要と思う。次のような仮想実験も面白い。「水1モル18 cm3 の水分子に目印をつけて,これを太平洋(7億 km3)に注いで,良くかき混ぜたあと,太平洋の水18 cm3 をすくい取ったとき,目印付きの水分子をすくい取れるか?」(出典:川井正雄著「生命を知るための基礎化学―分子の目線でヒトをみる」丸善,2012年)。答えはイエス,7億 km3 = 7×1023 cm3 とアボガドロ数にほぼ等しくなるからである。・・・

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